連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(2)

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(2)
カナダ館のHannah Claus《dish》2025

市内に点在する27のパビリオン

河島: 第1回ではメインパビリオンの展示について詳しく見てきましたが、光州ビエンナーレのもう一つの大きな見どころが、街中に展開するパビリオンです。メインパビリオンの出展とは別に、国が出すパビリオンが16、機関が出すパビリオンが11、計27が市内に点在しています。

透明ランナー: 街の至る所に点在しているのですが、面白いのがホワイトキューブのような一般的なアートスペースではなく、雑居ビルの空きフロアや公的な建物の一角を各国が自力で交渉して契約し、展示会場に仕立てている点ですね。

河島: 街歩きをしながら会場を巡る構成になっているわけですが、透明ランナーさんはどこか印象に残ったエリアはありましたか?

透明ランナー: 最も場所の歴史的文脈と合致しているのはフィリピン館です。1980年の5・18民主化運動(光州事件)(※1)の記録を保存・展示する5・18民主化運動記録館の3階に位置していました。

5・18民主化運動記録館

河島: 映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』などでも知られる5・18民主化運動の記録館ですね。

左より『花びら』(1996年)、『ペパーミント・キャンディー』(1999年)、『光州5・18』(2007年)、『26年』(2012年)、『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)

透明ランナー: その記録館の展示の一角がそのままフィリピン館になっていて、歴史的な記憶と直接つながる空間で作品を観ることができました。

河島: 私が歩いていて印象深かったのは、カナダのパビリオンです。カナダはイ・カンハ美術館を利用しています。イ・カンハは1980年の「光州民主化運動」に市民軍として参加した歴史的経緯を持つアーティストなのだそう。その周辺の街並みを歩いていると、地元の作家が描いたと思われる独立運動風の巨大な壁画があって、「この地域はいち早く日本から独立した場所です」といった情報が記されていました。鑑賞者が移動しながら街の記憶や背景に触れられるよう、巧みに会場が選ばれていると感じました。

カナダ館のHannah Claus《dish》2025とMelissa General 《Nitewakenon (the place where I come from)》 2018/2025

カナダ館からは2人を紹介したいと思います。

1人目のHannah Clausの《dish》は上の写真の左側の作品。視覚的に面白い作品で、鏡のような円形のアルミニウムの素材に草木が印刷してあります。小雨のようにも見える細い糸が複数の薄い円を貫いています。dishというタイトルからは、粉々になった皿が砕け散る瞬間を空間に留めているようにも見えて、マジックのようです。

2人目のMelissa Generalは上の写真の右奥の作品。カナダのオンタリオ州の「Six Nations of the Grand River Territory(グランドリバーのシックス・ネイションズ)」出身です。先住民の暮らす土地にちなんだ作品を発表しています。タイトルの《Nitewakenon(ニテワゲーノン)》はモホーク族の言語で「私の生まれた場所」。彼女のアイデンティティをたどり、写真作品にしています。

身体を揺さぶるフランス館、風土を刻むモンゴル館

河島: カナダの他に、パビリオンの中で特に惹きつけられたのはフランス館でした。

透明ランナー: 公民館のような、こじんまりとした温かみのある場所でしたね。

河島: 2階のスペースで、フロリアン・ヴァレンヌ(Floryan Varennes)という作家の作品が展示されていました。天井から金属のキラキラとしたオブジェが吊り下げられていて、その横でダンサーのような人たちが踊っている様子を捉えた記録映像が流れていました。ダンサーが吊り下がったオブジェを鑑賞しながら踊るという作品は独特で少し不気味です。作品と身体、そして鑑賞のあり方を揺さぶるようなダンスの実験で、とても印象に残っています。

Floryan Varennes《Mythology of Loss》2020年代

河島:メインパビリオンでは、リルケの詩「Archaïscher Torso Apollos(Archaic Torso of Apollo)」の最後の一節「You must change your life」が引用されましたが、その一つ前の行に「burst like a star: for here there is no place that does not see you.(星のように輝け。ここでは、あなたを見ていない場所はない。) 」という一節があります。このフロリアンの作品はまさにそうで、鑑賞者(ダンサー)が視線を送っているものが光っており、鑑賞者自身も第三者に見られる対象になる。リルケの詩を体現していて、心に響きました。

透明ランナー: 調べてみると、彼はアートの修士号だけでなく中世史の修士号も持つ研究者で、医療や歴史学にも造詣が深い異色の作家なんですね。母親が看護師で病院という空間が身近だったことが作品の深みにつながっているようです。

河島: 非常に面白い作品でした。

透明ランナー: モンゴル館は光州市立美術館の1階ロビーを間借りする形で5人ほどの作家が出展していました。モンゴルの広大な平原を、生肉を背負った男性が黙々と歩き続ける大型映像作品などがあって、非常にモンゴルらしい力強さと風土性が前面に出ていましたね。

生肉を背負って草原を歩いている場面。Narbayasgalan Ulambaya《CARRIER》2026
美術館のロビーで映像が複数流れていた。

開幕2日前に撤退した中国館と、台湾館の表記問題

台湾パビリオンの入り口に貼られた「Instance Dungeons: Gray Zone」のスローガン

透明ランナー: そして、アート界隈で最大の波紋を呼んだのが「台湾館」を巡る騒動です。

河島: 中国と台湾をめぐる政治的な緊張感が、そのまま国際展の現場に持ち込まれた事件でしたね。

透明ランナー: 当初、台湾がパビリオンとして参加する予定だったのですが、中国側から「台湾は国ではないため『台湾館』としての参加は認めない」と強い抗議が入りました。そこで6月に「国立台湾美術館(NTMoFA)」という機関名へ変更する形で一度は調整がついていました。ところが8月中旬、光州ビエンナーレ事務局が再び「台湾館」という表記に戻しました。これに反発した中国側が、開幕わずか2日前に全展示を辞退・撤退するという事態に発展しました。

河島: 18人の中国人作家が参加する「中国館」は、設営をすべて終えていたにもかかわらず、開幕2日前の撤退決定で扉が閉ざされたままになっています。

Su Hui-Yu《The Space Warriors and the Digigrave》

透明ランナー: 街中に貼り出されたポスターや案内看板も、あらかじめ印刷されていた「NTMoFA」という表記の上からラベルテープで「台湾」と上貼りされていたり、そのテープの手配すら間に合っていない看板があったりして、現場の混乱ぶりが生々しく伝わってきました。

河島: 台湾館の場所自体もわざと分からないようにしているのかと思うほど案内看板がなく、本当に見つけるのが難しかったですね。ギリギリ帰りのKTXの時間が迫る中でようやく発見して滑り込みました。

戦後日本の美術を並べたASAKUSA館

河島: 東京・西浅草のアートスペース「ASAKUSA(アサクサ)」が手掛けたASAKUSA館も存在感を放っていました。

韓国・光州市南区にある楊林(ヤンリム)文化サムト

透明ランナー: 国単位ではなくアートスペースが主催するパビリオンという形ですね。楊林(ヤンリム)文化サムトの地下と2階を使ったスペースで、小宮りさ麻吏奈さんや嶋田美子さんの作品、そして美学校の初期資料などが展示されていました。初日ということもあり、国内外のアート関係者や日本語での会話が飛び交う熱気に満ちた空間でした。

河島: 展示されている解説資料がほぼすべて日本語で書かれているため、日本語が読めない海外の鑑賞者には一見ハードルが高いはずなのですが、展示空間そのもののパワーが圧倒的でした。初期の美学校の生徒募集看板も出ていました。さらに、九州派、砂川闘争、三池闘争、千円札裁判まで、戦後日本の美術と社会運動の動向が壁一面の布に手書きでびっしりと書き込まれ、各人物や出来事が赤い毛糸で複雑に結ばれている作品がありましたね。

透明ランナー: 嶋田美子さんは2026年のヴェネチア・ビエンナーレにも出展されている重要な作家ですが、美学校の生徒・講師だったこともあり当時の美術運動の文脈にお詳しい。地下の隠し部屋のような暗がりには木村伊兵衛写真賞作家の菊地智子さんの写真がひっそりと展示されており、宝探しのような探訪体験でした。ASAKUSA館を見た2日後に美学校代表の藤川公三さんが亡くなられ、時代の節目に立ち会う展示となりました。

小宮りさ麻吏奈《Decomposition of Aspergillus luchuensis》2026

河島: オランダ館も印象的でした。光州市の文化財に指定された洋館、ウイルソン宣教師の住宅を使っていて、住宅ゆえに一度に5人ほどしか入れない。そのため待っている来場者にお茶が振る舞われ、玄関先でゆったりお茶を飲みながら待つという文化的な空間になっていました。

透明ランナー: 床にマスキングテープを貼るバミリ(位置決めの目印)のような作品を開幕後もアーティストが一生懸命制作していたりと、どこか大らかで豊かな時間が流れていましたね。

語り合う韓国の鑑賞文化と、光州という都市

河島: 各パビリオンを巡っていて感じたのは、韓国の観客やガイドツアーの熱量です。専門のガイドさんが10人ほどの市民を引き連れて作品の前で熱心に語り合い、質問に答えている場面に何度も出くわしました。展示を見るだけでなく、作品の背景にある社会的文脈や歴史について積極的に語り合おうとする韓国の人々の姿勢が強く印象に残りました。

透明ランナー: 光州ビエンナーレはメイン会場のボリュームに加え、街中に広がる独立パビリオンや地元の文化を体感するためにも、最低でも2日間は確保して訪れるのが理想的ですね。

河島:地元の人に聞くと、光州には活気ある大きな市場もあり、食文化や街の歴史も含めて巡ることでビエンナーレの理解がさらに深まりそうですね。次回、第3回では、光州をあとにし、ソウルの写真・現代美術スポット(Photo SeMAやハンミ写真美術館)の模様をお届けします。

※1 光州事件は1980年5月、民主化を求める光州市民に戒厳軍が発砲し、多数の死傷者を出した事件で、韓国では5・18民主化運動と呼ばれる。関連記録は2011年にユネスコ世界記録遺産に登録された。日本でも公開された『タクシー運転手 約束は海を越えて』は、事件を国外に伝えたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターと、彼を乗せたタクシー運転手の実話をもとにしている。

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(5)

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アモーレパシフィック美術館のソル・ルウィット展 透明ランナー: 最後に、龍山(ヨンサン)エリアにある美術館と博物館について話しましょう。アモーレパシフィック美術館と国立中央博物館です。コスメ大手アモーレパシフィックの本社ビル内にあるアモーレパシフィック美術館で開催されているソル・ルウィット(Sol LeWitt, 1928-2007)の個展「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」です。 河島: コンセプチュアル・アートの先駆者ソル・ルウィットの作品45点が一堂に会する、規模の大きな個展でした。 透明ランナー: ソル・ルウィットの作品はシンプルなので「そんなに長居する展覧会ではないかな」と思って入ったのですが、良い意味で裏切られました。一人の作家だけで展示が完全に成立していました。 河島: 東京国立近代美術館の3階にもあるウォール・ドローイングは、作家自身が描いていませんね。作家が緻密な設計図や指示書を作成し、それを「ドラフトマン」と呼ばれる第三者が壁面に具現化するというシステムをとっているそうです。ソル・ルウィットが亡くなったのは2007年。同館が《ウォール・ドローイング

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)

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フリーズ・ソウルの熱気と写真家ファン・ギュテとの出会い 透明ランナー: 今回はフリーズ・ソウル(Frieze Seoul)やソウル市内の現代美術館巡りについて話していきましょう。 河島: フリーズはロンドン発の巨大アートフェアで、ソウルでは2022年に始まって今年が5回目、すっかり定着しました。東京ビッグサイトのような巨大な展示場(COEX)を使って、KIAF(韓国国際アートフェア)と同時に大々的に開催されていました。 透明ランナー: アート好きの人と話すと「なぜフリーズが東京じゃなくてソウルに来たんだ」という話題がよく出ますが、税制面や現代アート市場の規模も含めて納得の熱量でした。会場全体としては絵画が中心です。 河島: 写真作品の出展はかなり少なめだった印象ですが、今年のフリーズで特に面白かったのが「スポットライト」セクションでした。西洋中心の美術史では語られてこなかったアジアの作家や作品に光を当てようという取り組みです。 その中で、ソウルのUNAW Galleryのディレクターであるリュウさんとじっくりお話しできたのが大きな収穫でした。そこで取り上げられていたのが、19

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(3)

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Photo SeMAとマーティン・パー 河島: 今回は光州から移動して、ソウルの写真美術館巡りについてお話ししましょう。まず向かったのは、ソウル北部にある「Photo SeMA(ソウル市立写真美術館)」です。2025年5月に開館したばかりの韓国初の公立写真美術館です。 透明ランナー: ソウル駅から北へ電車で40分ほど行った場所にあります。「倉洞(チャンドン)」という地名の由来である倉庫にちなみ、資料を収める倉庫のようなコンセプトで新築された建物で、4階に写真ライブラリーがある点など、どこか東京都写真美術館を彷彿とさせます。 河島: 確かに構造が都写美にちょっと似ています。昨年の開館時は、特別展「光的な視線」をやっていましたね。第1部は初期の韓国写真史を振り返る「光彩:始まりの瞬間たち」で、第2部は倉洞という土地の記憶にちなんだ「ストレージ・ストーリー」展でした。 初期の韓国写真史展では、5名の写真家のうち唯一女性だったパク・ヨンスク(1941-2025)の写真がよかったです。男性がとる女性は美しさが前面に出ていましたが、彼女のとる女性像には「迷いや疲れ、戸惑い、安堵」の微妙なニ

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(1)

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2026年9月15日(火)21:00からXスペースにて開催した「FRIEZE SEOUL&光州ビエンナーレ」報告会の文章をお届けします。 43組が参加した第16回光州ビエンナーレ 河島: こんばんは。定刻の9時になりましたので、フリーズ・ソウルと光州(クァンジュ)ビエンナーレの報告会を始めたいと思います。本日お話しするのは、『写真批評』のライター・編集をしている河島と、透明ランナーさんです。 透明ランナー: 透明ランナーといいます。よろしくお願いします。 河島: まずは光州ビエンナーレの話題から早速進めていきましょう。光州ビエンナーレは1995年に始まった、アジアで最も歴史の長い現代美術の国際展です。今年で16回目を迎え、テーマはライナー・マリア・リルケの詩から取った「You Must Change Your Life」。22カ国から43組のアーティストが参加しています。現地で図録を購入し、帰国後に読み込んだのですが、やはり光州という土地柄を反映し、冒頭で「民主主義、平和、人権にコミットする」と明確に宣言されていました。単にグローバルで著名な現代アーティストを一堂に集めた芸

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