連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(1)
2026年9月15日(火)21:00からXスペースにて開催した「FRIEZE SEOUL&光州ビエンナーレ」報告会の文章をお届けします。
43組が参加した第16回光州ビエンナーレ
河島: こんばんは。定刻の9時になりましたので、フリーズ・ソウルと光州(クァンジュ)ビエンナーレの報告会を始めたいと思います。本日お話しするのは、『写真批評』のライター・編集をしている河島と、透明ランナーさんです。
透明ランナー: 透明ランナーといいます。よろしくお願いします。

河島: まずは光州ビエンナーレの話題から早速進めていきましょう。光州ビエンナーレは1995年に始まった、アジアで最も歴史の長い現代美術の国際展です。今年で16回目を迎え、テーマはライナー・マリア・リルケの詩から取った「You Must Change Your Life」。22カ国から43組のアーティストが参加しています。現地で図録を購入し、帰国後に読み込んだのですが、やはり光州という土地柄を反映し、冒頭で「民主主義、平和、人権にコミットする」と明確に宣言されていました。単にグローバルで著名な現代アーティストを一堂に集めた芸術祭というより、光州の歴史や社会的記憶に強く紐付いた作品をキュレーションしているという印象を強く受けました。

透明ランナー: メインパビリオンは大きく5つの展示空間に分かれていましたね。
河島: 今回アーティスティック・ディレクターを務めるのは、シンガポール出身のホー・ツーニェン(Ho Tzu Nyen)さんです。彼が全体のディレクションを担っています。メインパビリオンで特に記憶に残った展示はありましたか?
会場全体に60点を配した佐々木健
透明ランナー: 写真を見ながら思い出しているのですが、やっぱり日本人としては佐々木健さんの存在感が圧倒的で、必ず記憶に残りますよね。一人で60点近く出品されていて、ものすごいボリュームでした。

河島: 一人で60点は多いですね。最初は靴を描いた《Sneakers》から始まって、ラグ、テニスボール、(電気の)スイッチを描いた作品なども出されていましたね。透明ランナーさんは、佐々木さんの作品を以前どこかでご覧になったことはありましたか?
透明ランナー: 東京都現代美術館で2025年に開催された「日常のコレオ」展で初めて拝見しました。
河島: 私も過去に都現美で見たことがあったのですが、今回は展示会場の最初から最後まで、様々な作品の合間を縫うように彼の作品が伴走者のごとく配置されていたのは見事な趣向でした。また、キャプションのテキストも面白かったですね。キュレーターチームが執筆した文章のはずですが、「私たちの友人である佐々木健が〜」といったとてもフレンドリーな語り口で展開されており、一般的な略歴と過去の国際展参加歴を並べた機械的な説明とは異なる味わいがありました。
透明ランナー: 会場にはQRコードも設置されていて、読み込んで起動したWebアプリで作品を撮影すると、AIが作品名や背景を自動翻訳の日本語で解説してくれる仕組みもありましたね。もうちょっと活用すればよかったなと。
河島: 今回に限らないですが、キャプションの分量があまりにも多くてすべてを現場で読み切ることができず、後から確認するために図録を買ったのですが、そんな画期的な仕組みがあったのですね。
透明ランナー: 「日常のコレオ」展といえば、ムンバイを拠点にするアーティストグループ「CAMP」も光州ビエンナーレに参加していました。第3展示室付近に出ていた映像作品ですね。超望遠カメラを用い、高層ビルや建設現場の隙間を遠方からじっくり捉え、上から下へと緩やかにカメラのフレームが移動していく作品です。「あ、都現美に出ていた作家だ」とすぐに思い出しました。

プラカードの文字を消したキリ・ダレナ、母を撮り続けたアマンダ・ヘン
河島: 映像作品も充実していましたが、私自身は写真表現に関心があるため、どんな写真作品が取り上げられているかに着目して鑑賞しました。特に第1展示室にあったマニラを拠点とするキリ・ダレナ(Kiri Dalena)さんの作品が秀逸でした。彼女はアーカイブ調査を通じ、マルコス独裁政権下で起きたデモの写真50枚以上を収集し、額装せずに壁一面へ直に貼り付けていました。順を追って見ていくと、デモ隊が掲げるプラカードの文字がすべて消去され、ただの「白い板」を持っている状態に画像が加工されているのです。抑圧された声や検閲、抹消されようとする不都合な歴史を逆説的に表現しており、光州という開催地にふさわしいアプローチだと感銘を受けました。

透明ランナー: あの作品は良かったですね。プラカードの文字だけが不自然に真っ白に抜け落ちているので、「一体何が起きているのだろう」と鑑賞者を惹きつける強い力がありました。
河島: 写真作品では、直島や福岡アジア美術館でも展示経験のあるシンガポールのアマンダ・ヘン(Amanda Heng)さんも良かったです。1996年、2014年、2023年と、四半世紀以上にわたって自身とお母さんの姿を撮影した長期プロジェクトを、映像とともに提示していました。お母さんからの呼びかけで始まった取り組みですが、時間を重ねるにつれて母娘の関係性が深まり、少しずつ年老いていく母親をいつくしむ娘の眼差しが静かに伝わってきて胸を打たれました。

透明ランナーさんは他に気になった作品はありましたか?
万歩計を揺らすゴールディン+セネビー、集団墓地の遺品を撮ったマヤ・ワタナベ
透明ランナー: 私が衝撃を受けたのは、スウェーデンのゴールディン+セネビー(Goldin+Senneby)というアーティストユニットの作品です。会場のあちこちの隅っこ(5〜10箇所ほど)に、レゴブロックで作られた小さな車にスマートフォンが搭載された物体が置かれており、モーターでゆらゆらと揺れ続けていました。

河島: 会場の端っこでずっと動いていたあの装置ですね。一体何を意図した作品だったのですか?
透明ランナー: スマホの万歩計機能をハックする装置です。現代社会では、歩数や位置情報などのヘルスケアデータがスマホから保険会社に提供され、保険料の計算に利用されるケースが増えています。そうしたセンシティブな生体情報が保険会社やプラットフォーム事業者に握られている状況に対し、万歩計を物理的に揺らし続けて「1日100万歩」といったあり得ない数値を出すことで、システムをハックしているのです。実は私の親が、自治体の歩数ランキングで上位に入ると商品券がもらえるアプリを使っており、ある日「自動でスマホを揺らして歩数を稼ぐ機械があるらしい」と教えてくれました。そのため会場で見た瞬間にピンときました。監視社会やデータ経済に対するシニカルな批判になっています。
河島: 個人の行動データを事業者が把握している現状への批判といえますね。
透明ランナー: ペルーの日系作家マヤ・ワタナベ(Maya Watanabe)さんの作品も第1展示室の最奥にありました。白黒のキラキラとした映像が超近接で流れており、ピントが合ったり外れたりするのですが、実はこれはペルーの虐殺事件における集団墓地から発掘された犠牲者の遺品や証拠品を拡大撮影したものです。鑑賞者は一見してそれが何かわかりません。歴史的に「誰の遺品か特定できないまま存在する」という事実と、映像を見ただけでは映っているものが特定できない抽象性を重ね合わせた作品でした。彼女は2021年の都現美や「六本木クロッシング2025展」でも展示されていましたが、今回の作品も深く記憶に残りました。
会場構成と、小杉大介、リジア・クラーク、イ・ルン・カン
透明ランナー: 展示会場全体の構成についても触れておきましょう。
河島: メインパビリオンは実質5つの大きな部屋に分かれており、最後の部屋に映像作品がまとめられていましたね。
透明ランナー: 大型展覧会では映像作品の鑑賞ペースの調整が難しいのですが、終盤に集約されていたことでスケジュールが立てやすかったです。日本人作家では佐々木健さんに加えて、小杉大介さんの映像作品もありました。
河島: 小杉さんは2019年にパリのジュ・ド・ポーム国立美術館で個展を開き、2016年の光州ビエンナーレにも参加している作家です。脳疾患でバランス感覚を失っていく病を患ったお父さんをケアした経験をもとに、父親自身が演出を担い、舞踏家の岩下徹さんが父の役を演じたドキュメンタリー風の映像作品《異なる力点》(2019年)が出ていました。一般的なテレビドキュメンタリーとは一線を画す、人間の身体性や記憶に切り込む表現でした。
透明ランナー: ブラジルの作家リジア・クラーク(Lygia Clark)の作品が第3展示室の奥に10点ほど並んでいたのも驚きました。現役の同時代作家が中心となるビエンナーレにおいて、故人である巨匠の作品を主要な場所に配置することで、美術史の過去との接続を強く印象付けていましたね。
河島: メイン会場には他にも、済州石文化公園(Volcanoes of Jeju)による済州島の未分類の火山岩をそのまま並べた展示(既存の分類学を離れて物体そのものを観察させる試み)や、出口付近に設置されたイ・ルン・カン(E Roon Kang)の〈Image-Poems〉(全参加作家の作品画像を40点ほど並べ、それぞれにAIが生成した韓国語の詩を添えた連作)など、多層的な仕掛けが満載でした。

透明ランナー: イ・ルン・カンの作品は一見するとただのパネル展示に見えるのですが、鑑賞体験を振り返りつつAIの批評性を示す大トリの仕掛けになっていて面白かったですね。作品とそうでないものの境目を揺さぶるような工夫が随所にありました。
河島: 1日ではとても観切れないほどの密度で、光州という都市の歴史と現代アートが重なり合うメインパビリオンでした。第2回では、都市全体に広がる各国の独立パビリオンの様子をお届けします。