連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)
フリーズ・ソウルの熱気と写真家ファン・ギュテとの出会い
透明ランナー: 今回はフリーズ・ソウル(Frieze Seoul)やソウル市内の現代美術館巡りについて話していきましょう。
河島: フリーズはロンドン発の巨大アートフェアで、ソウルでは2022年に始まって今年が5回目、すっかり定着しました。東京ビッグサイトのような巨大な展示場(COEX)を使って、KIAF(韓国国際アートフェア)と同時に大々的に開催されていました。

透明ランナー: アート好きの人と話すと「なぜフリーズが東京じゃなくてソウルに来たんだ」という話題がよく出ますが、税制面や現代アート市場の規模も含めて納得の熱量でした。会場全体としては絵画が中心です。
河島: 写真作品の出展はかなり少なめだった印象ですが、今年のフリーズで特に面白かったのが「スポットライト」セクションでした。西洋中心の美術史では語られてこなかったアジアの作家や作品に光を当てようという取り組みです。
その中で、ソウルのUNAW Galleryのディレクターであるリュウさんとじっくりお話しできたのが大きな収穫でした。そこで取り上げられていたのが、1938年生まれの写真家、ファン・ギュテ(黄圭泰/Hwang Gyutae)さんです。

1960年代から報道写真家としてキャリアをスタートさせ、徐々にアート写真へ移行していった方です。2020年にサンクトペテルブルクのロシア国立写真博物館(ROSPHOTO)で「韓国芸術写真100年 1920〜2020」展が開催された際、メインポスターに採用されたのが彼の作品でした。

彼の表現の面白さは、一度撮影したフィルムや写真を意図的に切り取り拡大して額装したり、モンタージュ技法を用いたり、視覚を欺くような実験的アプローチを早期から展開していた点にあります。日本でいえば森山大道(※1)さんのような存在感と知名度を持つ巨匠で、フリーズで彼の作品に出会えたのは貴重な体験でした。
※1 ファン・ギュテと森山大道は同じ1938年生まれ。
期間限定のポンピドゥー・ハンファと、西洋モダンアートの受容

透明ランナー: 続いて、パリの本館が改修で閉鎖中のため、漢江沿いの「63ビル」地下に4年間限定で2026年6月に開館したばかりの「ポンピドゥー・ハンファ」へも行きました。

河島: 開館記念としてキュビズム展が開催されており、ピカソやブラック、レジェら43作家の91点が展示されていました。今パリの本館が閉まっているからこそ、これだけの傑作が貸し出せるわけです。
透明ランナー: 印象深かったのは、展示の終盤にあった解説と構成です。「藤田嗣治のようにパリに憧れて渡仏し、ヨーロッパの最新動向を貪欲に吸収しようとした日本や韓国の作家は多数いたが、藤田のように美術史に名を残せたのはごく一握りだった」という文脈が提示されていました。
河島: 竹橋の東京国立近代美術館でもキュビズムに影響を受けた日本人画家の作品を見ることができますが、韓国の同時代の作品も面白かったです。キャプションを読むと、日本で学んだ画家も多かったのだと知りました。例えば、パク・レヒョン(朴崍賢/Park Rehyun, 1920–1976)は女子美術大の前進の専門学校で学んでいました。彼女の《路店》は《アヴィニョンの娘たち》と同じ人数の女性が描かれています。

透明ランナー: それにしても、来場者の雰囲気が日本の美術館とはまた違っていました。オシャレに着飾った20代〜30代の若者で溢れていました。

河島: 表参道にいそうな人ばかりでしたね。パリの本館が閉まっている期間限定のパートナーシップとはいえ、こうした国際的ブランドの別館を誘致して若者が大挙して訪れるカルチャー空間を作るソウルのスピード感には驚かされます。
国立現代美術館 果川館とナムジュン・パイク
透明ランナー: 漢江の南側、ソウル大公園の中にある「国立現代美術館 果川(クァチョン)館」も素晴らしいロケーションでした。清渓山(チョンゲサン)と呼ばれる山の上にあるのでポーラ美術館と立地が似ています。

河島: 訪問時は「フリーズ・ソウル」に合わせて開催されていた「ソウル・アート・ウィーク2026」の期間中だったため、通常は有料の国立現代美術館に全館無料で入場できました。

透明ランナー: 国立現代美術館 果川館では横浜美術館からの巡回展「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」展(韓国での展覧会名は「ロード・ムービー」)が開催されていました。2025年度(第50回)木村伊兵衛写真賞にノミネートされた写真家・林典子さんの北朝鮮に渡った日本人妻をテーマにした写真が展示されていました。

河島: 横浜美術館では写真撮影が禁止されていましたが、果川館では撮影が可能です。現地の韓国の来館者が熱心に写真やテキストに見入っていたのが印象的でした。1959年以降の「帰還事業」で北朝鮮へ渡った日本人女性たちの高齢化が進む中、ほとんど誰も手をつけていない歴史の隙間に埋もれゆく個人を記録し続ける林さんの仕事の切実さが、韓国の地でより一層響いていました。

河島: エントランスホールにそびえ立つビデオ・アートの開拓者ナムジュン・パイク(白南準/Nam June Paik、1932-2006)による巨大テレビタワー作品《The More, the Better》(1,003台のブラウン管モニターを積み上げた高さ約18.5mの塔)も圧巻でした。韓国が誇る作家ですし、これだけ大きなタワーは見応えがありました。

透明ランナー: 夜はソウル・アート・ウィークの一環で各ギャラリーがパーティを開催していて、国際ギャラリーの無料フード配布に200人ほどの行列ができて韓国料理を楽しんだり、世界中から集まったVIPたちの独特なオーラを肌で感じたりと、フェアを中心とした街全体の熱気と売れ行きの規模感を思い知らされました。


河島: 単に展示を観るだけでなく、都市のフェスティバル全体がうねりとなっているダイナミズムを体感できたソウル探訪でした。最終回となる第5回では、ソウルの「ルーツ」に触れられる国立中央博物館やおすすめの本屋さんを紹介します。

