連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)

フリーズ・ソウルの熱気と写真家ファン・ギュテとの出会い

透明ランナー: 今回はフリーズ・ソウル(Frieze Seoul)やソウル市内の現代美術館巡りについて話していきましょう。

河島: フリーズはロンドン発の巨大アートフェアで、ソウルでは2022年に始まって今年が5回目、すっかり定着しました。東京ビッグサイトのような巨大な展示場(COEX)を使って、KIAF(韓国国際アートフェア)と同時に大々的に開催されていました。

FRIEZE SEOUL2026の会場

透明ランナー: アート好きの人と話すと「なぜフリーズが東京じゃなくてソウルに来たんだ」という話題がよく出ますが、税制面や現代アート市場の規模も含めて納得の熱量でした。会場全体としては絵画が中心です。

河島: 写真作品の出展はかなり少なめだった印象ですが、今年のフリーズで特に面白かったのが「スポットライト」セクションでした。西洋中心の美術史では語られてこなかったアジアの作家や作品に光を当てようという取り組みです。

その中で、ソウルのUNAW Galleryのディレクターであるリュウさんとじっくりお話しできたのが大きな収穫でした。そこで取り上げられていたのが、1938年生まれの写真家、ファン・ギュテ(黄圭泰/Hwang Gyutae)さんです。

ファン・ギュテの作品

1960年代から報道写真家としてキャリアをスタートさせ、徐々にアート写真へ移行していった方です。2020年にサンクトペテルブルクのロシア国立写真博物館(ROSPHOTO)で「韓国芸術写真100年 1920〜2020」展が開催された際、メインポスターに採用されたのが彼の作品でした。

ファン・ギュテの作品

彼の表現の面白さは、一度撮影したフィルムや写真を意図的に切り取り拡大して額装したり、モンタージュ技法を用いたり、視覚を欺くような実験的アプローチを早期から展開していた点にあります。日本でいえば森山大道(※1)さんのような存在感と知名度を持つ巨匠で、フリーズで彼の作品に出会えたのは貴重な体験でした。

※1 ファン・ギュテと森山大道は同じ1938年生まれ。

期間限定のポンピドゥー・ハンファと、西洋モダンアートの受容

透明ランナー: 続いて、パリの本館が改修で閉鎖中のため、漢江沿いの「63ビル」地下に4年間限定で2026年6月に開館したばかりの「ポンピドゥー・ハンファ」へも行きました。

ロベール・ドローネー《パリ市》1910–1912年

河島: 開館記念としてキュビズム展が開催されており、ピカソやブラック、レジェら43作家の91点が展示されていました。今パリの本館が閉まっているからこそ、これだけの傑作が貸し出せるわけです。

透明ランナー: 印象深かったのは、展示の終盤にあった解説と構成です。「藤田嗣治のようにパリに憧れて渡仏し、ヨーロッパの最新動向を貪欲に吸収しようとした日本や韓国の作家は多数いたが、藤田のように美術史に名を残せたのはごく一握りだった」という文脈が提示されていました。

河島: 竹橋の東京国立近代美術館でもキュビズムに影響を受けた日本人画家の作品を見ることができますが、韓国の同時代の作品も面白かったです。キャプションを読むと、日本で学んだ画家も多かったのだと知りました。例えば、パク・レヒョン(朴崍賢/Park Rehyun, 1920–1976)は女子美術大の前進の専門学校で学んでいました。彼女の《路店》は《アヴィニョンの娘たち》と同じ人数の女性が描かれています。

パク・レヒョン《路店》1956年, 国立現代美術館蔵

透明ランナー: それにしても、来場者の雰囲気が日本の美術館とはまた違っていました。オシャレに着飾った20代〜30代の若者で溢れていました。

河島: 表参道にいそうな人ばかりでしたね。パリの本館が閉まっている期間限定のパートナーシップとはいえ、こうした国際的ブランドの別館を誘致して若者が大挙して訪れるカルチャー空間を作るソウルのスピード感には驚かされます。

国立現代美術館 果川館とナムジュン・パイク

透明ランナー: 漢江の南側、ソウル大公園の中にある「国立現代美術館 果川(クァチョン)館」も素晴らしいロケーションでした。清渓山(チョンゲサン)と呼ばれる山の上にあるのでポーラ美術館と立地が似ています。

国立現代美術館 果川館

河島: 訪問時は「フリーズ・ソウル」に合わせて開催されていた「ソウル・アート・ウィーク2026」の期間中だったため、通常は有料の国立現代美術館に全館無料で入場できました。

透明ランナー: 国立現代美術館 果川館では横浜美術館からの巡回展「いつもとなりにいるから 日本と韓国、アートの80年」展(韓国での展覧会名は「ロード・ムービー」)が開催されていました。2025年度(第50回)木村伊兵衛写真賞にノミネートされた写真家・林典子さんの北朝鮮に渡った日本人妻をテーマにした写真が展示されていました。

林典子さんの作品を見る人たち

河島: 横浜美術館では写真撮影が禁止されていましたが、果川館では撮影が可能です。現地の韓国の来館者が熱心に写真やテキストに見入っていたのが印象的でした。1959年以降の「帰還事業」で北朝鮮へ渡った日本人女性たちの高齢化が進む中、ほとんど誰も手をつけていない歴史の隙間に埋もれゆく個人を記録し続ける林さんの仕事の切実さが、韓国の地でより一層響いていました。

ソン・ヌンギョン(Sung Neungkyung、1944-)《Reading Newspaper》

河島: エントランスホールにそびえ立つビデオ・アートの開拓者ナムジュン・パイク(白南準/Nam June Paik、1932-2006)による巨大テレビタワー作品《The More, the Better》(1,003台のブラウン管モニターを積み上げた高さ約18.5mの塔)も圧巻でした。韓国が誇る作家ですし、これだけ大きなタワーは見応えがありました。

ナムジュン・パイク《The More, the Better》

透明ランナー: 夜はソウル・アート・ウィークの一環で各ギャラリーがパーティを開催していて、国際ギャラリーの無料フード配布に200人ほどの行列ができて韓国料理を楽しんだり、世界中から集まったVIPたちの独特なオーラを肌で感じたりと、フェアを中心とした街全体の熱気と売れ行きの規模感を思い知らされました。

ギャラリーの前で配布される無料の食べ物

河島: 単に展示を観るだけでなく、都市のフェスティバル全体がうねりとなっているダイナミズムを体感できたソウル探訪でした。最終回となる第5回では、ソウルの「ルーツ」に触れられる国立中央博物館やおすすめの本屋さんを紹介します。

ザハ・ハディド設計の東大門(トンデムン)デザインプラザ(DDP)の外壁に投影されたナムジュン・パイク《The Break Point》。メディアアート祭「ソウルライトDDP 2026 秋」。

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(5)

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アモーレパシフィック美術館のソル・ルウィット展 透明ランナー: 最後に、龍山(ヨンサン)エリアにある美術館と博物館について話しましょう。アモーレパシフィック美術館と国立中央博物館です。コスメ大手アモーレパシフィックの本社ビル内にあるアモーレパシフィック美術館で開催されているソル・ルウィット(Sol LeWitt, 1928-2007)の個展「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」です。 河島: コンセプチュアル・アートの先駆者ソル・ルウィットの作品45点が一堂に会する、規模の大きな個展でした。 透明ランナー: ソル・ルウィットの作品はシンプルなので「そんなに長居する展覧会ではないかな」と思って入ったのですが、良い意味で裏切られました。一人の作家だけで展示が完全に成立していました。 河島: 東京国立近代美術館の3階にもあるウォール・ドローイングは、作家自身が描いていませんね。作家が緻密な設計図や指示書を作成し、それを「ドラフトマン」と呼ばれる第三者が壁面に具現化するというシステムをとっているそうです。ソル・ルウィットが亡くなったのは2007年。同館が《ウォール・ドローイング

By Emi Kawashima, Yuma Arai
連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(3)

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Photo SeMAとマーティン・パー 河島: 今回は光州から移動して、ソウルの写真美術館巡りについてお話ししましょう。まず向かったのは、ソウル北部にある「Photo SeMA(ソウル市立写真美術館)」です。2025年5月に開館したばかりの韓国初の公立写真美術館です。 透明ランナー: ソウル駅から北へ電車で40分ほど行った場所にあります。「倉洞(チャンドン)」という地名の由来である倉庫にちなみ、資料を収める倉庫のようなコンセプトで新築された建物で、4階に写真ライブラリーがある点など、どこか東京都写真美術館を彷彿とさせます。 河島: 確かに構造が都写美にちょっと似ています。昨年の開館時は、特別展「光的な視線」をやっていましたね。第1部は初期の韓国写真史を振り返る「光彩:始まりの瞬間たち」で、第2部は倉洞という土地の記憶にちなんだ「ストレージ・ストーリー」展でした。 初期の韓国写真史展では、5名の写真家のうち唯一女性だったパク・ヨンスク(1941-2025)の写真がよかったです。男性がとる女性は美しさが前面に出ていましたが、彼女のとる女性像には「迷いや疲れ、戸惑い、安堵」の微妙なニ

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(2)

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市内に点在する27のパビリオン 河島: 第1回ではメインパビリオンの展示について詳しく見てきましたが、光州ビエンナーレのもう一つの大きな見どころが、街中に展開するパビリオンです。メインパビリオンの出展とは別に、国が出すパビリオンが16、機関が出すパビリオンが11、計27が市内に点在しています。 透明ランナー: 街の至る所に点在しているのですが、面白いのがホワイトキューブのような一般的なアートスペースではなく、雑居ビルの空きフロアや公的な建物の一角を各国が自力で交渉して契約し、展示会場に仕立てている点ですね。 河島: 街歩きをしながら会場を巡る構成になっているわけですが、透明ランナーさんはどこか印象に残ったエリアはありましたか? 透明ランナー: 最も場所の歴史的文脈と合致しているのはフィリピン館です。1980年の5・18民主化運動(光州事件)(※1)の記録を保存・展示する5・18民主化運動記録館の3階に位置していました。 河島: 映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』などでも知られる5・18民主化運動の記録館ですね。 透明ランナー: その記録館の展示の一角がそのままフィリピ

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(1)

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2026年9月15日(火)21:00からXスペースにて開催した「FRIEZE SEOUL&光州ビエンナーレ」報告会の文章をお届けします。 43組が参加した第16回光州ビエンナーレ 河島: こんばんは。定刻の9時になりましたので、フリーズ・ソウルと光州(クァンジュ)ビエンナーレの報告会を始めたいと思います。本日お話しするのは、『写真批評』のライター・編集をしている河島と、透明ランナーさんです。 透明ランナー: 透明ランナーといいます。よろしくお願いします。 河島: まずは光州ビエンナーレの話題から早速進めていきましょう。光州ビエンナーレは1995年に始まった、アジアで最も歴史の長い現代美術の国際展です。今年で16回目を迎え、テーマはライナー・マリア・リルケの詩から取った「You Must Change Your Life」。22カ国から43組のアーティストが参加しています。現地で図録を購入し、帰国後に読み込んだのですが、やはり光州という土地柄を反映し、冒頭で「民主主義、平和、人権にコミットする」と明確に宣言されていました。単にグローバルで著名な現代アーティストを一堂に集めた芸

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