連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(5)

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(5)
ソウルの国立中央博物館のゆるキャラ

アモーレパシフィック美術館のソル・ルウィット展

透明ランナー: 最後に、龍山(ヨンサン)エリアにある美術館と博物館について話しましょう。アモーレパシフィック美術館と国立中央博物館です。コスメ大手アモーレパシフィックの本社ビル内にあるアモーレパシフィック美術館で開催されているソル・ルウィット(Sol LeWitt, 1928-2007)の個展「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」です。

河島: コンセプチュアル・アートの先駆者ソル・ルウィットの作品45点が一堂に会する、規模の大きな個展でした。

透明ランナー: ソル・ルウィットの作品はシンプルなので「そんなに長居する展覧会ではないかな」と思って入ったのですが、良い意味で裏切られました。一人の作家だけで展示が完全に成立していました。

河島: 東京国立近代美術館の3階にもあるウォール・ドローイングは、作家自身が描いていませんね。作家が緻密な設計図や指示書を作成し、それを「ドラフトマン」と呼ばれる第三者が壁面に具現化するというシステムをとっているそうです。ソル・ルウィットが亡くなったのは2007年。同館が《ウォール・ドローイング#769》を購入したのは2018年、ドラフトマンが壁に描いたのは2020年のことです。

アモーレパシフィック美術館で見たウォール・ドローイング

透明ランナー: 世界各地の美術館で行われるソル・ルウィット展は、1994年のパリや1996年のマドリードでの展示のように、会期終了後に壁画が塗りつぶされて消去されてきました。期限を定めずに展示している東京国立近代美術館はかなりレアなケースで、今回ソウルで展示された壁画群も会期後に消される宿命を背負っています。その一回性が鑑賞者を引きつけているのかもしれません。

年間650万人が訪れる国立中央博物館

国立中央博物館の外観

透明ランナー: フリーズ・ソウルや各ギャラリーでのパーティなど、街全体がアートの熱気に包まれるなか、国立中央博物館にも足を運びました。

河島: 国立中央博物館は、世界第3位(約650万人)の来客数を誇る巨大博物館です。2025年の来館者数では、ルーヴル美術館(約905万人)、ヴァチカン美術館(約693万人)に次ぐ多さです。若者の間では、読書だけではなく文化施設を訪れるブームが起こっているそうです。

国立中央博物館のコレクションは約41万点、常設展では約1万点が無料で公開されています。東京国立博物館は約12万件の収蔵品のうち常時3000件の展示ですから、常設展だけで3倍以上の規模です。日本語ガイドツアーに参加しましたが、ガイドさんは日本語が堪能で、解説も分かりやすかったです。

透明ランナー: 高句麗や百済など日本人が歴史の授業で習う知識を踏まえながら、軽妙な語り口で解説してくれました。何より、フリーズや現代美術館で目にした作品の源流がここにあるのだと実感できました。

河島: 例えば、満月壺(タルハンアリ)は博物館の代表的な作品です。18世紀朝鮮時代の乳白色の丸い白磁壺で、上下を別々に成形してつなぎ合わせてから焼き上げる、高さ40cmほどの逸品です。韓国の現代アーティストたちがこぞってこの満月壺のオマージュや翻案作品を作っており、本物を観ておいたことで現代アートの理解度が上がりました。

満月壺の特別な展示室

透明ランナー: 暗く静かな「思惟の部屋」にガラスケースなしで鎮座する2体の国宝・半跏思惟像も圧巻でした。照明を極限まで落とした空間で仏像と静かに向き合う体験には、美術館のインスタレーション展示に通じる洗練された美学が感じられました。

思惟の部屋

河島: 1つの作品を際立たせる特別な部屋を作る手法は、博物館の展示方法としても巧みです。若者やファミリー層が多く、ビュッフェ形式のフードコートで子どもたちが楽しそうに過ごしている姿も、日本の国立博物館とは異なる風景でした。

このような広い飲食店が博物館の中に何軒も入っている

街に息づく本屋文化とハン・ガンが描いた光州の記憶

透明ランナー: ソウルの街中では、NHKでも取り上げられた「テキストヒップ」と呼ばれる、若い世代の読書文化の盛り上がりも感じました。韓国最大の書店チェーン「教保文庫(キョボ文庫)」をはじめ、「THE BOOK SOCIETY」やカフェ併設の「BOAN BOOKS」など魅力的な書店がたくさんありました。

教保文庫

河島: ネットで見つけたフランスの書店のソウル店「Ofr. Seoul」も良かったです。街の至る所に小さな独立系書店があり、女性の経営者も多く見られました。

Ofr. Seoul

透明ランナー: ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンさんが経営していた書店「チェッパン・オヌル(本屋・今日)」には2025年に訪れていたので、閉店はショックでした。

閉店したチェッパン・オヌル(ハン・ガンさんが経営していた書店)

河島: 本屋さんの跡地は工事中でしたね。西村(ソチョン)一帯の地価高騰によるジェントリフィケーションの影響も報じられています。私はハン・ガンさんが光州出身だと初めて知ったので、旅の後に『少年が来る』(※1)を読みました。光州事件の血生臭さが文字から漂ってくるような小説でした。

※1 『少年が来る』:ハン・ガンが2014年に発表した長編小説。1980年5月の光州事件で命を落とした中学生トンホと、彼をめぐる人々の姿を描く。日本語版は井手俊作訳(クオン社、2016年)。

なぜ韓国アートシーンはこれほど刺激的なのか

河島: 隣国との緊迫した地政学的環境や歴史的トラウマを抱えるなかで、韓国の人々や作家たちは、自分たちのアイデンティティとは何か、この街や歴史をどう語り継ぐのかを、美術や写真、文学、博物館を通して模索し続けています。その切実な語りの熱量こそが、現在のソウルや光州を刺激的なアートの現場にしているのだと実感しました。

透明ランナー: 単に美しい作品を鑑賞するにとどまらず、彼らの表現の根底にある問題意識や情熱に触れられた、濃密な旅でした。長時間の報告会となりましたが、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。

ソウルのアート系書店

現代美術探訪と併せて巡りたい、ソウルのおすすめアート系書店をまとめました。

  • 教保文庫(キョボ文庫)光化門店:

韓国最大級の大型書店。約2700坪と池袋ジュンク堂の1.5倍の広さがあるソウルの名所で、約230万冊を揃えています。江南(カンナム)や蚕室(チャムシル)などにも支店があります。アート・写真・映画関連の書籍棚が充実しています。地下鉄光化門駅から地下通路で直結しています。

  • THE BOOK SOCIETY:

Tokyo Art Book Fairなどにも出展する、ソウルを代表するインディペンデント系アートブックショップ。韓国内外の現代美術の論考集、デザイン書、独立出版の写真集が揃います。

  • BOAN BOOKS(保安本屋):

1階がカフェ、2階が書店の複合文化空間。1930年代に建てられた旧旅館「保安旅館」の隣に建つ新館にあり、落ち着いた空間で展覧会図録や写真集をゆっくり探すことができます。保安旅館は、日本統治時代の1936年に韓国を代表する詩人ソ・ジョンジュ(徐廷柱, 1915-2000)が雑誌『詩人部落』を創刊した場所としても知られます。

  • Ofr. Seoul:

パリの書店・出版社Ofr.のソウル店。ヨーロッパの洗練された写真集やアートブック、デザイン本を厳選して取り扱っています。2026年1〜3月には、東京の姉妹店Ofr. Tokyoが代官山のCARV STOREで期間限定イベントを開きました。

(全5回・完)

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)

フリーズ・ソウルの熱気と写真家ファン・ギュテとの出会い 透明ランナー: 今回はフリーズ・ソウル(Frieze Seoul)やソウル市内の現代美術館巡りについて話していきましょう。 河島: フリーズはロンドン発の巨大アートフェアで、ソウルでは2022年に始まって今年が5回目、すっかり定着しました。東京ビッグサイトのような巨大な展示場(COEX)を使って、KIAF(韓国国際アートフェア)と同時に大々的に開催されていました。 透明ランナー: アート好きの人と話すと「なぜフリーズが東京じゃなくてソウルに来たんだ」という話題がよく出ますが、税制面や現代アート市場の規模も含めて納得の熱量でした。会場全体としては絵画が中心です。 河島: 写真作品の出展はかなり少なめだった印象ですが、今年のフリーズで特に面白かったのが「スポットライト」セクションでした。西洋中心の美術史では語られてこなかったアジアの作家や作品に光を当てようという取り組みです。 その中で、ソウルのUNAW Galleryのディレクターであるリュウさんとじっくりお話しできたのが大きな収穫でした。そこで取り上げられていたのが、19

By Emi Kawashima, Yuma Arai
連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(3)

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(3)

Photo SeMAとマーティン・パー 河島: 今回は光州から移動して、ソウルの写真美術館巡りについてお話ししましょう。まず向かったのは、ソウル北部にある「Photo SeMA(ソウル市立写真美術館)」です。2025年5月に開館したばかりの韓国初の公立写真美術館です。 透明ランナー: ソウル駅から北へ電車で40分ほど行った場所にあります。「倉洞(チャンドン)」という地名の由来である倉庫にちなみ、資料を収める倉庫のようなコンセプトで新築された建物で、4階に写真ライブラリーがある点など、どこか東京都写真美術館を彷彿とさせます。 河島: 確かに構造が都写美にちょっと似ています。昨年の開館時は、特別展「光的な視線」をやっていましたね。第1部は初期の韓国写真史を振り返る「光彩:始まりの瞬間たち」で、第2部は倉洞という土地の記憶にちなんだ「ストレージ・ストーリー」展でした。 初期の韓国写真史展では、5名の写真家のうち唯一女性だったパク・ヨンスク(1941-2025)の写真がよかったです。男性がとる女性は美しさが前面に出ていましたが、彼女のとる女性像には「迷いや疲れ、戸惑い、安堵」の微妙なニ

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(2)

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市内に点在する27のパビリオン 河島: 第1回ではメインパビリオンの展示について詳しく見てきましたが、光州ビエンナーレのもう一つの大きな見どころが、街中に展開するパビリオンです。メインパビリオンの出展とは別に、国が出すパビリオンが16、機関が出すパビリオンが11、計27が市内に点在しています。 透明ランナー: 街の至る所に点在しているのですが、面白いのがホワイトキューブのような一般的なアートスペースではなく、雑居ビルの空きフロアや公的な建物の一角を各国が自力で交渉して契約し、展示会場に仕立てている点ですね。 河島: 街歩きをしながら会場を巡る構成になっているわけですが、透明ランナーさんはどこか印象に残ったエリアはありましたか? 透明ランナー: 最も場所の歴史的文脈と合致しているのはフィリピン館です。1980年の5・18民主化運動(光州事件)(※1)の記録を保存・展示する5・18民主化運動記録館の3階に位置していました。 河島: 映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』などでも知られる5・18民主化運動の記録館ですね。 透明ランナー: その記録館の展示の一角がそのままフィリピ

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連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(1)

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(1)

2026年9月15日(火)21:00からXスペースにて開催した「FRIEZE SEOUL&光州ビエンナーレ」報告会の文章をお届けします。 43組が参加した第16回光州ビエンナーレ 河島: こんばんは。定刻の9時になりましたので、フリーズ・ソウルと光州(クァンジュ)ビエンナーレの報告会を始めたいと思います。本日お話しするのは、『写真批評』のライター・編集をしている河島と、透明ランナーさんです。 透明ランナー: 透明ランナーといいます。よろしくお願いします。 河島: まずは光州ビエンナーレの話題から早速進めていきましょう。光州ビエンナーレは1995年に始まった、アジアで最も歴史の長い現代美術の国際展です。今年で16回目を迎え、テーマはライナー・マリア・リルケの詩から取った「You Must Change Your Life」。22カ国から43組のアーティストが参加しています。現地で図録を購入し、帰国後に読み込んだのですが、やはり光州という土地柄を反映し、冒頭で「民主主義、平和、人権にコミットする」と明確に宣言されていました。単にグローバルで著名な現代アーティストを一堂に集めた芸

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