連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(3)

Share
連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(3)

Photo SeMAとマーティン・パー

河島: 今回は光州から移動して、ソウルの写真美術館巡りについてお話ししましょう。まず向かったのは、ソウル北部にある「Photo SeMA(ソウル市立写真美術館)」です。2025年5月に開館したばかりの韓国初の公立写真美術館です。

Photo Semaの外観
玄関を入ってすぐの空間。この日は無料だった。

透明ランナー: ソウル駅から北へ電車で40分ほど行った場所にあります。「倉洞(チャンドン)」という地名の由来である倉庫にちなみ、資料を収める倉庫のようなコンセプトで新築された建物で、4階に写真ライブラリーがある点など、どこか東京都写真美術館を彷彿とさせます。

Photo SeMAの4階にある図書館。

河島: 確かに構造が都写美にちょっと似ています。昨年の開館時は、特別展「光的な視線」をやっていましたね。第1部は初期の韓国写真史を振り返る「光彩:始まりの瞬間たち」で、第2部は倉洞という土地の記憶にちなんだ「ストレージ・ストーリー」展でした。

初期の韓国写真史展では、5名の写真家のうち唯一女性だったパク・ヨンスク(1941-2025)の写真がよかったです。男性がとる女性は美しさが前面に出ていましたが、彼女のとる女性像には「迷いや疲れ、戸惑い、安堵」の微妙なニュアンスを読み取れました。

透明ランナー:今年は、2025年12月に亡くなったマグナムの写真家マーティン・パーの回顧展「We Are Martin Parr」が開かれていました。作家の死後、アジアで初めての大規模な回顧展です。2階と3階の全ての展示室がマーティン・パーでした。

凝った内装。
マーティン・パー〈The Last Resort〉1983-1985

河島: 色々なシリーズが展示されていましたが、特に好きだったのは、イギリス出身の彼らしく天気の悪い日にこだわって撮り続けた〈Bad Weather〉や、カップルや夫婦が会話に疲れてふと見せる微妙な瞬間を捉えた〈Bored Couples〉です。彼は、被写体と知り合いでもないのに至近距離から撮っているじゃないですか。声をかけてポーズをとらせているわけでもないのに近い。あの距離感が違和感を生んでいて、面白いです。

マーティン・パー〈Bad Weather〉1975-1982
マーティン・パー〈Bored Couples〉1990-1993

透明ランナー: 日本ではなかなか見られない、彼が北朝鮮で撮影した写真シリーズも展示されていて、わざわざ訪れた甲斐がありました。マーティン・パーの作品は、常に「部外者(アウトサイダー)」の目線なんです。「自分は部外者です」という姿勢で撮影している。

河島: 確かに、内部に入り込むのではなく、ちょっと外側から覗き込んでいるような感覚です。

マーティン・パー〈North Korea〉1997
マーティン・パー〈South Korea〉1998-2007

透明ランナー: 韓国での写真や、KYOTOGRAPHIE 2025の「Small World」で展示された京都の清水寺などの写真はもちろんですし、地元のイギリスで王室の衛兵などを撮った写真であっても、イギリス人としてではなくどこか観光客のようなシニカルな視線が貫かれている。

映像展示室

河島: 会場には彼がこれまでに出版した写真集の一覧がA3の黄色の紙にまとめられて配布されていました。また、60冊以上の写真集をソファに座って自由に閲覧できるアーカイブの部屋もありました。「電車内で居眠りする日本人を集めた写真集」(※1)なんてシュールな一冊もあって、「これは一体何なんだ?」と思いつつ、彼の出版活動の全貌を体感できました。

ソファで写真集を読める部屋

※1 マーティン・パー『Japonais endormis(眠る日本人)』Galerie du jour agnès b.、1998年

河島:そういえば、ソウルでこのマーティン・パー展を見る直前に、横浜市民ギャラリーあざみ野で韓国の現代写真家の展覧会(※2)を見ました。そこでキュレーションされていた作家は、個人の物語が立ち上がるような写真の撮り方をしていたので、マーティン・パーの中産階級の暮らしをひとまとめに撮っていくアプローチとは真逆でした。

Photo Semaの最寄駅の様子

※2 韓国の若手写真家7人による「名づけられぬもの 〜 韓国現代写真の一断面」2026年8月28日〜9月6日横浜市民ギャラリーあざみ野

ミュージアムハンミとジェリー・ウルズマン

河島: 続いて訪れたのが、三清洞(サムチョンドン)の丘の上に佇む「ミュージアムハンミ」です。母体となっているのは韓美薬品という製薬会社。昔は韓美(ハンミ)写真美術館と呼ばれていましたが、2022年に松坡(ソンパ)区の芳夷洞(バンイドン)から現在地へ移転した際に名称が変わりました。

透明ランナー: 企業美術館ですね。写真専門の企業美術館は日本でもなかなか見かけません。坂道を登るのでアクセスは少し大変ですが、東京都写真美術館の半分くらいのコンパクトな空間で密度の高い展示をやっていました。

河島: 展示室は2つと別館が1つという構成です。まず、南アフリカのラップユニット「Die Antwoord」のミュージックビデオを手掛けたことでも知られるロジャー・バレン(Roger Ballen)の「Enter Roger Ballen」展が開かれていました。会場では、「I FINK U FREEKY」が流れていました。2012年に渡英した際に友人に教わった曲なので懐かしかったです。

DIE ANTWOORD「I FINK U FREEKY」(2012)

他にも、『VOGUE KOREA』創刊30周年記念の「Vogue into Art」、そして金浦に開館するジェリー・ウルズマン(Jerry Uelsmann)記念館のプレビュー展が開催されていました。

『VOGUE KOREA』創刊30周年記念の「Vogue into Art」で展示された表紙
『VOGUE KOREA』の誌面

透明ランナー: ジェリー・ウルズマンの展示は良かったです。

徒歩20秒ほど先にある別館。ジェリー・ウルズマンの展覧会が開かれている。

河島: 面白かったです。人も少なく落ち着いて鑑賞できる空間でした。ウルズマンは、ジョン・シャーカフスキーの展覧会「鏡と窓」で「鏡派」の代表格とされた作家ですね。

透明ランナー: Photoshopなどの画像編集ソフトが存在しない時代に、暗室の中で複数のネガを焼き合わせる手作業によって、シュルレアリスム的な合成写真を制作していました。今ウルズマンのWikipediaを調べてみたら面白い記述がありました。「今日のPhotoshopの進歩によりウルズマンのような作品は1日で仕上げられるようになったが、当時のウルズマンは完全にアナログの道具で作っていたため、周囲から魔法使いだと考えられていた」と書かれています。

河島: その通りですね。今、手元で「鏡と窓」の翻訳を読み返しているのですが、ウルズマンについて10行くらい取り上げられています。ただ、当時の記述を見ると「あまりに技法が高度で難しかったためか、ウルズマンの真似をする学生はあまりいなかった」という旨が書かれています。

透明ランナー: 今でこそ、風景の中に異質なオブジェクトが浮いているようなイメージは広告などで見慣れたありふれたものですけれど、当時は画期的でしたし、テクニックが難しすぎたんでしょう。普通の風景写真の中に、彼の顔や異物がシームレスに組み込まれている。

河島: そうですね。「鏡と窓」に載っていたあのウルズマンの作品の実物だと分かって、興奮しながら鑑賞しました。

透明ランナー: 彼は1967年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で写真の個展を開いているんです。「鏡と窓」の展覧会が1978年ですから、シャーカフスキーはその11年前からウルズマンに着目していたことになります。彼が韓国を訪れて地元の人々と交流した当時の写真も飾られていて、韓国との縁の深さが伝わってきました。


実用トラベルガイド

光州・ソウルでの移動、アプリ、決済についてまとめました。

1. 空港・都市間移動

  • 仁川空港からソウル市内へのアクセスはAREX(直通列車)が最適
    空港鉄道AREXの「直通列車(Express Train)」なら、ソウル駅までノンストップで最速43分。全席指定で、大きなスーツケース用の荷物置き場もあります。
  • 光州行きKTXは龍山駅発で検索する
    ソウルから光州(光州松汀駅)へは高速鉄道KTXで約2時間。「ソウル駅発」で検索すると直通便が少なく全便満席に見えますが、光州方面行きの多くはソウル駅の一駅隣にある龍山(ヨンサン)駅が始発です(ソウル駅を東京駅とすると龍山駅は品川駅にあたります)。

2. 必須アプリ

  • NAVERマップ(Naver Map)
    韓国ではGoogleマップの詳細な経路検索が使えないので、出発前に入れておきます。軍事上の理由(朝鮮戦争の休戦状態)で地図データの国外持ち出しが制限されてきたためです。2026年3月に条件付きで承認され、徒歩や公共交通の検索は改善が進んでいますが、日本の感覚でGoogleマップを使うことはできません。
  • k.ride(タクシー配車アプリ)
    目的地を日本語や英語で事前設定して呼び出せます。運賃は日本の3分の1ほどで、市内での移動や複数人での移動に重宝します。乗る時には予約番号を聞かれることがあります。
  • Klook(クルック/ツアー・各種チケット予約)
    AREXの割引乗車券の事前購入はもちろん、現地の日帰りツアーや美術館・イベントチケットの検索・予約に便利です。アプリ上で日本語で完結し、発券もQRコードでスムーズに行えます。

3. 決済・交通カード

  • 仁川空港の「CU」でWOWPASS受け取り&チャージ
    仁川国際空港の到着ロビーにあるコンビニ「CU」でWOWPASSカードを受け取れます。事前予約は不要です。受け取りと一緒にT-money(交通カード機能)へ現金をチャージしておけば、到着直後から地下鉄やバス、一般列車(ムグンファ号など)にスムーズに乗車できます。⚠️注意:空港のすべてのCUで受け取れるわけではありません。
  • WOWPASS(プリペイドカード)
    主要駅やホテル、空港改札内に設置された無人チャージ機(キオスク)で、日本円の紙幣をそのまま投入してウォンとしてチャージできる旅行者向けキャッシュレス決済サービス。現金のウォン紙幣を都度用意することなく、街中のほぼすべての店舗でカード決済ができます。利用にはアプリのダウンロードと連携が必要で、残高もアプリで確認できます。
  • SES(Smart Entry Service/自動出入国審査)
    韓国の自動出入国審査。一度登録すれば、それ以降は自動ゲートを使って出入国時間を短縮することができます。仁川空港の入国審査場にあるブースで、3分ほどで登録が終わります。2025年12月から日本のパスポートも対象になりました(それ以前の「日本人は登録できない」という記事が検索に残っているので注意してください)。

4. おすすめの持ち物

  • カードケース(WOWPASS兼T-moneyカードを入れる)
  • カラビナ(バッグからカードケースを提げておくと便利)
  • 折りたたみ式ミニリュックサック
  • 折りたたみ傘(晴雨兼用)
  • 羽織るもの(9月上旬の気温は日中で25〜30度、夜は涼しい)
  • 日焼け止め

第4回はソウル市内の現代アートの美術館(ポンピドゥー・センター・ハンファやアモーレパシフィック美術館)についてお届けします。

Read more

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(5)

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(5)

アモーレパシフィック美術館のソル・ルウィット展 透明ランナー: 最後に、龍山(ヨンサン)エリアにある美術館と博物館について話しましょう。アモーレパシフィック美術館と国立中央博物館です。コスメ大手アモーレパシフィックの本社ビル内にあるアモーレパシフィック美術館で開催されているソル・ルウィット(Sol LeWitt, 1928-2007)の個展「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」です。 河島: コンセプチュアル・アートの先駆者ソル・ルウィットの作品45点が一堂に会する、規模の大きな個展でした。 透明ランナー: ソル・ルウィットの作品はシンプルなので「そんなに長居する展覧会ではないかな」と思って入ったのですが、良い意味で裏切られました。一人の作家だけで展示が完全に成立していました。 河島: 東京国立近代美術館の3階にもあるウォール・ドローイングは、作家自身が描いていませんね。作家が緻密な設計図や指示書を作成し、それを「ドラフトマン」と呼ばれる第三者が壁面に具現化するというシステムをとっているそうです。ソル・ルウィットが亡くなったのは2007年。同館が《ウォール・ドローイング

By Emi Kawashima, Yuma Arai
連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(4)

フリーズ・ソウルの熱気と写真家ファン・ギュテとの出会い 透明ランナー: 今回はフリーズ・ソウル(Frieze Seoul)やソウル市内の現代美術館巡りについて話していきましょう。 河島: フリーズはロンドン発の巨大アートフェアで、ソウルでは2022年に始まって今年が5回目、すっかり定着しました。東京ビッグサイトのような巨大な展示場(COEX)を使って、KIAF(韓国国際アートフェア)と同時に大々的に開催されていました。 透明ランナー: アート好きの人と話すと「なぜフリーズが東京じゃなくてソウルに来たんだ」という話題がよく出ますが、税制面や現代アート市場の規模も含めて納得の熱量でした。会場全体としては絵画が中心です。 河島: 写真作品の出展はかなり少なめだった印象ですが、今年のフリーズで特に面白かったのが「スポットライト」セクションでした。西洋中心の美術史では語られてこなかったアジアの作家や作品に光を当てようという取り組みです。 その中で、ソウルのUNAW Galleryのディレクターであるリュウさんとじっくりお話しできたのが大きな収穫でした。そこで取り上げられていたのが、19

By Emi Kawashima, Yuma Arai
連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(2)

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(2)

市内に点在する27のパビリオン 河島: 第1回ではメインパビリオンの展示について詳しく見てきましたが、光州ビエンナーレのもう一つの大きな見どころが、街中に展開するパビリオンです。メインパビリオンの出展とは別に、国が出すパビリオンが16、機関が出すパビリオンが11、計27が市内に点在しています。 透明ランナー: 街の至る所に点在しているのですが、面白いのがホワイトキューブのような一般的なアートスペースではなく、雑居ビルの空きフロアや公的な建物の一角を各国が自力で交渉して契約し、展示会場に仕立てている点ですね。 河島: 街歩きをしながら会場を巡る構成になっているわけですが、透明ランナーさんはどこか印象に残ったエリアはありましたか? 透明ランナー: 最も場所の歴史的文脈と合致しているのはフィリピン館です。1980年の5・18民主化運動(光州事件)(※1)の記録を保存・展示する5・18民主化運動記録館の3階に位置していました。 河島: 映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』などでも知られる5・18民主化運動の記録館ですね。 透明ランナー: その記録館の展示の一角がそのままフィリピ

By Emi Kawashima, Yuma Arai
連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(1)

連載:光州ビエンナーレとソウル現代アートのいま(1)

2026年9月15日(火)21:00からXスペースにて開催した「FRIEZE SEOUL&光州ビエンナーレ」報告会の文章をお届けします。 43組が参加した第16回光州ビエンナーレ 河島: こんばんは。定刻の9時になりましたので、フリーズ・ソウルと光州(クァンジュ)ビエンナーレの報告会を始めたいと思います。本日お話しするのは、『写真批評』のライター・編集をしている河島と、透明ランナーさんです。 透明ランナー: 透明ランナーといいます。よろしくお願いします。 河島: まずは光州ビエンナーレの話題から早速進めていきましょう。光州ビエンナーレは1995年に始まった、アジアで最も歴史の長い現代美術の国際展です。今年で16回目を迎え、テーマはライナー・マリア・リルケの詩から取った「You Must Change Your Life」。22カ国から43組のアーティストが参加しています。現地で図録を購入し、帰国後に読み込んだのですが、やはり光州という土地柄を反映し、冒頭で「民主主義、平和、人権にコミットする」と明確に宣言されていました。単にグローバルで著名な現代アーティストを一堂に集めた芸

By Emi Kawashima, Yuma Arai